National Cultural Policy(国家文化政策)

先月1月30日に、政府からNational Cultural Policyが公表されました。

www.arts.gov.au

Reviveというタイトルを持つこの文書は、今後5年間の文化政策を示したもので、オーストラリアの文化復興を目指し、それに関わる人びと、産業を支援するため、2億8,600万ドルを投資することとしています。

この政策では、目標の実現にあたり、五つの柱を提示しています。

  1.  ファーストネーション優先(First Nations First)
  2.  すべての物語に適切な場所を(A Place for Every Story)
  3.  アーティストの重要性(Centrality of the Artist)
  4.  堅固な文化インフラ(Strong Cultural Infrastructure)
  5.  人びととつなぐ(Engaging the Audience)

1つ目は、ヨーロッパの人びとがオーストラリア大陸に入植する前から、この地で暮らしてきた人びと(First Nations)への敬意を表すとともに、その文化をオーストラリアの芸術や文化の中心に据え、その継続、発展を支援するものです。

2つ目は、分野、地域、世代などを問わず、それぞれの文化・芸術活動に適切な支援を施すことを指しているようです。

3つ目は、文化・芸術活動を行う人びとがそれを生業とできるように労働環境を整備したり、教育を提供したりすることなどです。ハラスメントをはじめとする労働環境問題への対応も含まれます。

4つ目は、文化・芸術活動の拠点となる機関、組織、施設を支援するとともに、デジタル化への対応も盛り込まれています。

最後は、オーストラリアの文化・芸術を振興するためには、それを購入したり、鑑賞したりする人びとの存在が欠かせないことから、人びとにどのように届けるのか、つなげるのかという点に注目を置いています。このとき、オーストラリア国内はもとより、海外に向けた発信も視野に入っています。

www.abc.net.au

私がこの政策に関心を持ったのは、ABC Breakfastで、Netflixなどのストリーミングサービスがその収益の一部をオーストラリアの制作活動に充てることを義務付ける、いわばクオーター制が採用されていると報じられたことからでした。関連記事は次のものです。

www.abc.net.au

メディアのデジタル化が進む今日、またCovid-19パンデミックを経験してから、ストリーミングサービスは、私たちの生活の一部として定着しました。Netflix、Disney+、Amazon Prime Videoなどはさまざまな国のコンテンツを提供しています。結果、自国の産業の発展に影響を及ぼしているとも考えられてきました。そこで、この政策では、ストリーミングサービスを提供する企業が得た収益の一部(20%)を自国のコンテンツ制作に還元することを義務付けることにしたのです。これは産業育成にとどまらず、オーストラリアの文化・芸術を、そしてオーストラリア自体を世界中の人びとに知ってもらうきっかけにもなります。それが巡り巡って、産業のさらなる発展に寄与するという仕組みと言えます。

文化作品にかぎらず、さまざまな商品、サービスは、人びとに知ってもらって初めて、それを購入してもらったり、利用してもらったり、消費してもらえます。人びとにリーチするための多様な方策が必要です。オーストラリアは英語圏の国なので、その点からも世界中の人びとに認知してもらいやすい立ち位置にあります。もちろん、日本のアニメや漫画をはじめとする文化・芸術のように、日本語そのままで消費されるものもありますが、ある場面ではいかにその障壁を低くするかもポイントになるでしょう。具体的な予算化は5月ですが、今後どのように展開されていくか、注視していきたいです。

大規模な文化政策を打ち出した政府ですが、一方で昨年来、大きな話題となった問題はここには含まれていません。すなわち、オーストラリア国立博物館(National Gallery of Australia)とオーストラリア国立図書館(National Library of Australia)への財政支援です。

これら文化組織では、2015年から予算削減が求められ、運営資金の逼迫を訴えてきました。昨年(2022年)12月には、オーストラリア国立図書館は予算削減により同図書館が運営する検索サービスtroveを2023年7月に閉鎖せざるを得ない状況まで来ていると公表しました。troveは同館のOPACとしてだけでなく、デジタルコンテンツを提供する検索エンジンです。日本の国立国会図書館のNDLサーチ(https://iss.ndl.go.jp/)あるいはジャパンサーチ(https://jpsearch.go.jp/)のような位置づけと言えるでしょうか。

その存続問題に対して、ツイッターでは#savetroveというハッシュタグで情報発信、意見交換が行われたりしています。多くの有識者も声を上げています。

オーストラリア政府は、先のNational Cultural Policyには含めなかったものの、5月の予算策定に向けて検討すると述べているようです。

www.abc.net.au

 

振り返って、日本でも同じような報道があったことを知りました。『文藝春秋』2023年2月号に寄稿された東京国立博物館の予算逼迫問題です。

bunshun.jp

これ以外にも、大阪大学が光熱費の高騰のにより図書館の開館時間を短縮することが話題になりました。

news.yahoo.co.jp

ともすれば、こうした組織や機関は、その存在が当たり前過ぎ、かつ(こういう言い方は好きではありませんが)費用対効果を計るのが難しいため、予算削減の対象になりやすいものです。その多くの運営に市民の税金が投じられていることから、その成果をきちんと提示することは大切です。他方、息の長い活動をつうじて社会に貢献していることも事実です。その時どきの記録を保存しているからこそ、過去の情報に立脚した知的活動が行えます。公共図書館をはじめとする施設・組織は、すべての市民に開かれているからこそ、どのような経済状況の人でさえ、そこで情報を得、学び、考えることができます。今朝(2月4日)の朝日新聞の耕論で取り上げられていた「なぜ「図書館の自由」?」にも通じる話であると考えました。

digital.asahi.com